2014年10月アーカイブ

出かけるところ(三上靖史)

「ちょうどこれから出かけるところです」

大川氏は一瞬困ってしまった。

これではアポイントメントをもらった意味がない。

先方の都合を聞いて、もう一度出直すのも一方法であるが、それもまた無駄足になる可能性がある。

先方にしてみれば、新しい商品に関心はあっても、要するに面倒くさいのである。

もし、真剣に新規商品の取扱いを考えているのであれば、先方から約束の変更を申し入れてきていたに違いない。

こういう場合には、セールスマンは相手の言葉を聞き流し、逆に話の主導権をとる必要がある。

「あ、そうですか。

それは残念ですねー。

五分間だけ、お時間がいただければありがたかったのですが。

じつは、今回、当社は新製品『クリン・クリン』の発売を記念して、小売店優待制度を導入したのです。

他社にない特典と報償金付きです。

それのご相談にうかがったのですが......」

三上靖史(住宅鑑定風水インストラクター)

書きながら全体を(三上靖史)

1970年代以降、3段階モデルは現実と合わないのではないかという批判がされ、新しいモデルが提案された。

それは、書いている人の頭の中では、「構想を立てる」、「文章にする」、「推敲する」という3つの作業を並行して行なっているというモデルだ。

つまり、ひとつ文を書いたら、すぐに書き手はそれを読み直して、気に入らないところがあれば書き直している。

同時にその文に続く文のことも考えているし、そのことによって全体の構成が徐々にできあがっていったり、途中で構成の変更をしたりする。

このように、書いている人は書いている途中で、同時にいろいろな仕事をしているのだ。

これを「プロセスモデル」
と呼ぶ。

三上靖史(住宅鑑定風水インストラクター)
セールスは未知との遭遇である。

予定していたことがくつがえるのは日常茶飯事である。

約束していた相手にすっぽかされたり、あてにしていた商談がキャンセルになったり。

ときには、思わぬ相手から注文が飛び込んだり。

ドラマチックな不測の事態に対応できない人間は、セールスの世界に不向きである。

血液型からいえば、0型の人間の世界である。

大川一郎の血液型はA型。

生真面目さ一本が彼のとりえである。

だが臨機応変に機転を働かすコツも心得ている。

今日は、小売店の販路拡張のため、B町の個人経営スーパーを訪ねた。

もちろんアポイントメントをもらってある。

ところが約束の時刻に先方に行ってみると、店の主人は無愛想な表情で迎えた。

三上靖史(住宅鑑定風水インストラクター)

3段階モデル(三上靖史)

私たちは、全体の計画ができなくても書き始めるし、書いている途中で何度も書き直しをしている。

つまりこの3段階モデルのとおりにはやっていないのだ。

3段階モデルから派生してきた作文の指導法が、私たちの書くという行動をやりにくくしてきたとも言える。

たとえば、文章全体の計画が立てられるまでは、筆をとってはいけないと教えられた人は、なかなか書きはじめることができないだろう。

事前に全体の計画がきちんと立

てられることはまれだからだ。

むしろ、計画はあやふやなまま書きはじめて、の構成を作り直しているというほうが実際の姿に近い。

三上靖史(住宅鑑定風水インストラクター)

文書も大部分がムダ(三上靖史)

オフィスというものは巨大な書類製造所であるといえよう。

毎日毎日、大変な枚数の書類が作られており、口で言えば三分ですむほどのことを半日かけて書類にすることを仕事と心得ている人がたくさんいる。

書類を送られる側からすれば、有難迷惑でいちいち読んでなどいられず、保管に往生する。

見方によればムダの大量生産である。

書類がやたらに増える大きな原因は会議にある。

会議に出席する部課長は、トップから何を聞かれても、書類を見てすぐ答えないと無能とみなされるのをおそれ、万端の準備を心掛ける。

そのため部下はむやみに書類を作らされるのである。

風呂敷一杯の書類をかかえて一日中会議に赴いていた上司が帰ってきて「やれやれ今日は無事にすんだよ」とホッとしたように言う。

つまり何も聞かれなかったということである。

これを聞いて夜遅くまでかかって書類を作らされた部下はガックリである。

三上靖史(住宅鑑定風水インストラクター)
粋というのは、こうした説明しにくい要素をもっているものなのであるが、その点、敬語は完全ではないが、かなりはっきりした形をもつ。

敬語はこのように、少しもゆるがせにしてはならない言葉である。

だから正しい使い方が厳密に要求される。

そこで問題になるのが、「いらっしゃる」や「おいでになる」である。

「いらっしゃる」というのは、敬語の第一歩のようなもので、あなたも小学校の時に、
「先生がきたと言ってはいけません。

先生がいらっしゃったと言いなさい」
と、教師自身や親から教えられた記憶があるだろう。

それも小学校低学年の時代ではなかったろうか。

それほどに「いらっしゃる」は初歩であると同時に、応用範囲もきわめて広いのである。

三上靖史(住宅鑑定風水インストラクター)